よいことも悪いことも自分の力を超えて起きる
私はまえに、今の世の人たちの格別みっともない点は彼らの欺瞞性だ、神を知らずバレテ痛恨、深々と頭をさげる場面が毎日のようにテレビに出ている、と言いました。
もう一つ、今の世の人たちの格別みっともない点は、自分の成功が100パーセント自分の手柄だと思ってイバッテいることですね。これも神を知らないことからきている。
無神論はみっともない思想。
無神論は、なんだか脳の高度な機能が欠落したピテカントロプスかなんかの思想。
今朝は昨日書いた今回のパソコン騒動総括の補充です。
哲学的にはすでに書いたことだけど、ここでもういっぺん具体例を変えて語ろうというわけ。
40日あまりにもわたる今回のゴタゴタのいきさつを振り返ると、私の苦しみも喜びも、私の力、知恵、才覚、努力をこえて起きていることが浮かび上がっている。
だいたい、そもそもの発端であるパソコンの故障、たった3年半しか使っていない富士通のデスクパワー、ウインドウズXP22万円が、音声が聞こえなくなってしまった。
最新式のVISTAに買い替えたときに、この辺もブロードバンドが引けるようになっていると電器屋が言うものだから、そちらへ切り替える手続きをとった。
ところが結局この辺はまだブロードバンドが届かないことがわかり、またもとのISDN回線へ。これらの工事は、ひとつひとつが何週間もかかる。
そう、ブロードバンドがうまくいかない時点で、いちど電器屋の専門業者に私のうちへ来てもらったんだ。そのときのアドバイスが大変有効で、もとのISDNへもどして、モデムはこれまでのものを使えるが、VISTA対応のCD-ROMをインストールしなければならない、と教わった。
これらのこと全部、私の力を超えているでしょう。
さらに、
何週間もかかってやっとISDNへもどしてもらったものの、なんと、NTTから送られてきていたVISTA対応のCD-ROMが間違いのものだった。このことががNTTのサポートセンターへ電話してわかった。
こともあろうに、神はここまで私をいじめるかねえ。
正しいCD-ROMを送りなおしてもらったものの、やっぱりうまくインストール出来ず、電話によるサポートでは、もしかするとパソコン自体に問題があるかもしれない。あるいは、113番に電話して人にきてもらうか、だと言う。
ここまでやられては、もはや私は抗拒不能、かえって笑ったりしていた。
サポートの人はモデムとその接続には問題がないと言っていたが、私はどうもその辺に問題があるかもしれないという予感がして、113番に電話して、NTTの人に来てもらう道を選んだ。
ここから一転して神がほほ笑み始める。
やってきた人は知的障害一歩手前のウスノロみたいな人で、電線をつなぐ工事の車にのってやって来た。パソコンのことは何にも知らない。
よりにもよってこんな人が来た!またダメだ。言いようもない失望を覚える。
が、その人は新しいモデムだけは持参してきていた。これに取り換えてくれて、あとは自分でやれという。私はしぶしぶNTTのサポートセンターへ電話して、言われるままにクリックしていったら、
なんと、コペルニクス的転回、あっと言う間にインストールが完了したというわけ。
その途中で電話の相手が、「モデムというところをクリックしてください」と言ったことがあった。
私、「ええーっとモデム、モデム?そんなのない」
と言った瞬間、
これをそばで見ていたウスノロが、「あるじゃない。そこに」と言う。
私、「あっ、あった。ありました」
危なかった、間一髪ことなきを得た。
それにしてもこのウスノロ、よく目が見えるものだ。私が目を画面すれすれに近づけても見えないものを、離れたところから見える。
「このウスノロは神の使い!」
彼のおかげで、40日あまりにもわたった霧がやっと晴れた。これまでの私の一切の苦悩、混乱が終わりを告げた。
ひとたび神が仏心を現すと、あとはスイスイ。
その後のインターネット接続も、プリンターのインストールをする問題もあっと言う間に解決した。
このウスノロの登場は私の力を超えている。ウスノロは神の使い。
今回の成功は私の手柄ではない。
遡って、私の苦悩も私を超えて起きたもの。
このことは、およそ人の生全般について言えることでしょう。
「人間の苦しみも喜びも、人間を超えて起きる。」
我々は、あんまり、自分の成功を自分の力によると思わない方がいい。
もう一つ、今の世の人たちの格別みっともない点は、自分の成功が100パーセント自分の手柄だと思ってイバッテいることですね。これも神を知らないことからきている。
無神論はみっともない思想。
無神論は、なんだか脳の高度な機能が欠落したピテカントロプスかなんかの思想。
今朝は昨日書いた今回のパソコン騒動総括の補充です。
哲学的にはすでに書いたことだけど、ここでもういっぺん具体例を変えて語ろうというわけ。
40日あまりにもわたる今回のゴタゴタのいきさつを振り返ると、私の苦しみも喜びも、私の力、知恵、才覚、努力をこえて起きていることが浮かび上がっている。
だいたい、そもそもの発端であるパソコンの故障、たった3年半しか使っていない富士通のデスクパワー、ウインドウズXP22万円が、音声が聞こえなくなってしまった。
最新式のVISTAに買い替えたときに、この辺もブロードバンドが引けるようになっていると電器屋が言うものだから、そちらへ切り替える手続きをとった。
ところが結局この辺はまだブロードバンドが届かないことがわかり、またもとのISDN回線へ。これらの工事は、ひとつひとつが何週間もかかる。
そう、ブロードバンドがうまくいかない時点で、いちど電器屋の専門業者に私のうちへ来てもらったんだ。そのときのアドバイスが大変有効で、もとのISDNへもどして、モデムはこれまでのものを使えるが、VISTA対応のCD-ROMをインストールしなければならない、と教わった。
これらのこと全部、私の力を超えているでしょう。
さらに、
何週間もかかってやっとISDNへもどしてもらったものの、なんと、NTTから送られてきていたVISTA対応のCD-ROMが間違いのものだった。このことががNTTのサポートセンターへ電話してわかった。
こともあろうに、神はここまで私をいじめるかねえ。
正しいCD-ROMを送りなおしてもらったものの、やっぱりうまくインストール出来ず、電話によるサポートでは、もしかするとパソコン自体に問題があるかもしれない。あるいは、113番に電話して人にきてもらうか、だと言う。
ここまでやられては、もはや私は抗拒不能、かえって笑ったりしていた。
サポートの人はモデムとその接続には問題がないと言っていたが、私はどうもその辺に問題があるかもしれないという予感がして、113番に電話して、NTTの人に来てもらう道を選んだ。
ここから一転して神がほほ笑み始める。
やってきた人は知的障害一歩手前のウスノロみたいな人で、電線をつなぐ工事の車にのってやって来た。パソコンのことは何にも知らない。
よりにもよってこんな人が来た!またダメだ。言いようもない失望を覚える。
が、その人は新しいモデムだけは持参してきていた。これに取り換えてくれて、あとは自分でやれという。私はしぶしぶNTTのサポートセンターへ電話して、言われるままにクリックしていったら、
なんと、コペルニクス的転回、あっと言う間にインストールが完了したというわけ。
その途中で電話の相手が、「モデムというところをクリックしてください」と言ったことがあった。
私、「ええーっとモデム、モデム?そんなのない」
と言った瞬間、
これをそばで見ていたウスノロが、「あるじゃない。そこに」と言う。
私、「あっ、あった。ありました」
危なかった、間一髪ことなきを得た。
それにしてもこのウスノロ、よく目が見えるものだ。私が目を画面すれすれに近づけても見えないものを、離れたところから見える。
「このウスノロは神の使い!」
彼のおかげで、40日あまりにもわたった霧がやっと晴れた。これまでの私の一切の苦悩、混乱が終わりを告げた。
ひとたび神が仏心を現すと、あとはスイスイ。
その後のインターネット接続も、プリンターのインストールをする問題もあっと言う間に解決した。
このウスノロの登場は私の力を超えている。ウスノロは神の使い。
今回の成功は私の手柄ではない。
遡って、私の苦悩も私を超えて起きたもの。
このことは、およそ人の生全般について言えることでしょう。
「人間の苦しみも喜びも、人間を超えて起きる。」
我々は、あんまり、自分の成功を自分の力によると思わない方がいい。
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