今から2~3万年前の赤城山麓に、たしかに人がいた形跡はあるのだが、その姿が皆目見えぬ

 桐生は赤城山南麓の町なんですね、岩宿(いわじゅく)遺跡もその辺り。

 だけど岩宿は淋しからずや。
 出てくるのは石のかけらばかり。人の姿が皆目見えぬ。
 たしかに人がいた形跡はあるのだが、人の骨が見当たらない。

 まるで神みたい。

 たしかにこの世は神によって創られた形跡はある(絶対確実)のだが、神の骨が見えぬ、神の姿がどこにも見あたらない。
 高性能の電波望遠鏡で宇宙の隅ずみまで調べたって神はどこにも見当たらないだろう。

 
 旧石器時代の人骨は、今から2万1000年前のものが、沖縄で、ほぼ完全な形で見つかっていて港川人と名づけられている。人骨の一部でよければ、3万7000年前と3万年前のものとが、やはり沖縄で見つかっている。本土では浜名湖の北に1万7000年前のものが見つかっており、浜北人と呼ばれている。
 これら1万年以上の時を経て残っている人骨は、いずれも石灰石のようなカルシウムの中にあったようだ。
 やはり関東ローム層は、いわゆる酸性土壌と称して、人骨は全部溶けてしまうみたい。

 時代がくだって縄文時代の貝塚には、わが霞ヶ浦湖畔の陸平貝塚でも、また東京の大森貝塚でも、今から数千年前の人骨片が見つかったと書かれている。
 やはり水戸の歴史館の女性が言ったとおり、貝塚の中はカルシウムに満ちているから骨が溶けにくいのだろう。

 しかし人骨・・人の影・・はさだかに見えねども、今から4万年前あたりから以降、日本列島に人間が住んでいた形跡はたくさん残っている。石器とか大きな動物を落としこんだ穴とかが、あちこちにたくさんある。
 だから学者は、日本列島に人間が住むようになったのは、およそ今から4万年ぐらい前からだと言っているのだろう(近頃の新聞には、それより遡るようなことを書いてある。要するにこんな数字は時代とともに変わる)。
 
 (ちなみに、人類の祖先がチンパンジーと分かれて初めて二足歩行し始めたのが今から700万年前のアフリカで(猿人という)、そうして今の我々と同じ人類クロマニヨンが生まれたのもやはり同じアフリカで、今から10~20万年ほど前のこと。それがアフリカを出て世界各地に広がったのが、今から5~6万年前だと言っている)


 以上、今朝はとりたてて書くことがないので、つれづれなるままに、単にボケ防止、退屈しのぎに。

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