秋葉原の惨劇と、人間がウシ、ブタを殺したい放題殺して食べていることとがバランスしている
このたびの秋葉原の事件で、武藤舞さんという芸大4年、21歳の魅力的な女性が犠牲になったことが格別の涙を誘っている。
昔も今も、いつの時代でもなくならない人の世の悲惨。宇宙に「きぼう」の実験棟をつくるほど科学が進んだ時代になってさえもなくならない、このような人間の惨劇。
これはもうこの世の本質ですね。
考えてみるとこれ、人間は旧石器時代にナウマン象を殺して食べて以来、現代はウシやブタを殺したい放題殺して食べていることと結構バランスしている。
武藤舞さんの悲劇がないと、ナウマン象やウシ、ブタの霊は浮かばれない。
武藤舞さんの悲惨がないと、ナウマン象、ウシ、ブタが余りにもかわいそうだ。
人の世に武藤舞さんの悲惨が存在することによって初めて、人間、ナウマン象、ウシ、ブタなどすべての生きものの公平がはかられる。
大方の人の目につかないところでウシ、ブタを殺したい放題殺して、陰でそんな残酷なことをしておきながら、「お肉」などときれい事を言い、自分たちは結構立派な存在だと思ったってダメだ。
これは何も武藤舞さんだけのことじゃないよ。みんな公平。いま幸せな人も、いずれ不幸が訪れる。
これがこの世の本質だからといって、我々が何にもしなくてよいというわけではないよ。
こんな惨事がが起きるのがイヤだったらこれと戦えばいい。神はそうしろと言っている。その戦いの過程で知恵を伸ばせと神は言っている。
でも真理は真理。我々はもうたいがい、ストレートに犯人を憎んで、それだけに終始するのではなしに、マルチカラーな認識をもった大人の段階に進みたいですね。
それはそうと、
「人の命は地球よりも重い」という声が高いが、それには根拠が要りますよ。
どういう根拠があって人間の命が地球よりも重いのです?
ウシやブタを殺したい放題殺して食べておきながら、どういう根拠があって、人間の命だけが地球よりも重いのですか?
そりゃまあ偉大な仕事をする人の命は大変重いでしょうが、平凡なことしか出来ない人の命がどうしてそんなに重いのです?
根拠が要ります。根拠をしゃべってください。
人は自分が肯定されることなら根拠がなくても賛成してしまう。
勝手な考えはよせ。
人間ばっかりが、自分に都合のよいことを言っても神は認めない。
かくして神は、じゃんじゃん人を殺している。
今回の秋葉原の例で言えば、ただショッキングな事件をおこして面白いドラマを創造するとともに、問題を提起して原因を考えさせ、対策を講じさせ、人間の知恵を伸ばすという意義のために、神は多くの人の命を犠牲にした。
あれが面白いドラマだなんて私はあまりにも不謹慎ですね。
でも第三者であるあなたは、面白いからあのニュースを見ているんじゃありませんか。面白くないならチャンネルをひねって別の番組を見るでしょう。
私はこの問題について、これまでに何度もしゃべってきた。だけどこれが最後。あまりにも気の毒な人たちの前で、こんなことを言うのは酷すぎる。若くして刃物で殺された人を前にして私は真理を語ることが出来ない。
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