「美しい環境を何よりも大切に」・・田中角栄的ゼニコ至上時代からの転換点

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 あわれA君の時代が、たそがれを迎えている。時代が変わろうとしている。

 A君は田中角栄そっくりの人で、顔も声もそっくり、考え方もゼニコ至上。ゼニさえ儲かれば自然なんか壊れても意に介さないという人だ。
 そういう考えで戦後の時代を生きてきて、いま横浜ランドマークタワー内に自分の会社を構え、鎌倉に豪邸、湘南の海でヨットを楽しみ、また豪華客船でアメリカ西海岸を・・・飛行機にのって台湾まで美味いラーメンを食いに。ことしの正月には北海道へクルージングしてきたと年賀状をよこした。「この世は神はいない。おまはんの考えはまちがい。考え直した方がエエぞう。」

 だが彼にも、何もかも思い通りにいかない欲求不満の時代がしのび寄ろうとしている。もう開発優先のゼニコ至上の時代ではなくなった。


 私、 広島県の「鞆(とも)の浦訴訟」で、裁判史上初めて美観保護派が勝ったというニュースを聞いたのをきっかけに、
 「そう言えばこのたび民主党が圧勝して、今後ダム建設は行わないと言ったり、沖縄を訪れた前原国土交通相が、泡瀬干潟埋め立て工事の中断中止を言ったり、さらには沖縄の西に浮かぶ慶良間諸島でサンゴを守るためにダイバーの数を規制する動きがあるのは、みなこの線上(自然保護の機運の高まり)にあるんだ。時代の変化だ、うねりだ」と、
 上のタイトルに掲げたようなことを書こうと思い、資料を集めるべくここ数日分の新聞を引っ張り出してきたところです。


 ところが、読売なんですが、一昨日10月4日の朝刊一面の「編集手帳」に、下記のような、ちょっと目を引く記事が載っていて、今日はこの話だけで終っちゃいそう。
 まず、
          
 人生は一冊の本にたとえられる。英国の詩人ジョン・クレアは過去を悔いる気持ちを、「人生に第2版があれば校正をしたい」と言い表した、

 という。

 だけどこの詩人、どれぐらいの年齢のときにこの言葉を言ったのだろう?
 私(いま74歳)は、自分の人生に全然後悔なんかしていませんよ。
 最高だ。
 これ以上のものは要らない。
 これ以上のものはないという素晴らしい人生をもらった。

 私はかの詩人のようには名声も地位もゼニコも何にもないのに、自分の人生に骨の髄から満足している。
 やり直せるものなら別の人生を生きたいなんて、到底思わない。もう一度人生を生きても、やっぱりこの人生になる。

 でもまあ、この詩人、若いときの言葉じゃないかな。林芙美子が「花のいのちは短くて苦しきことのみかりき」と嘆いた頃の。彼女はその後、画家をやっている人と結婚して、気モチのよいことをしたい放題。彼女の小説が売れて大金が儲かり外国旅行、また豪邸に住んだ。
 この英国の詩人もその後、なんら後悔しない、イブモンタンの「思い残すことはない」人生をもらったと思いますよ。

 もちろん、苦しみのない人生は存在しない。私は今もなお、耐えがたい苦痛に喘いでいる。
 でもそんな中にあっても、人生は骨の髄から満足できる部分を含んでいるということです。

 道理上、
 他のみんなとの公平上、他の生き物との公平上でも、その髄的満足を打ち消すに足る苦しみが不可避だということ。
 道理だから仕方がない。

 私の人生、トテクルだ(とても苦しい)が、この人生が最高、これ以上のものはない。もう一度やりなおせても、校正の余地はない。

 他の人も同じだと思いますよ。あの詩人の言葉は、若いときの言葉だと思う。あるいは、自分の人生が何もかも結構ずくめなものであって欲しいという願望を基準にして言った言葉なのだろう。


 で、この読売の「編集手帳」、結局何のことを言いたいのかと思ったら、このほどオリンピックの東京誘致に失敗したことを激しく後悔しているらしい。
 そんなことが、そんなに痛恨のことなんですかねえ?
 「美しい栞を子供たちに残してやれなかったことが残念でならない」と言っている。
 そんなことが、そんなに残念なんですか?
 日本は野球で世界一にさせてもらったし、イチローのような天才も生んだ。

 iPS細胞の発見、さらには国際宇宙ステーションへ無人のロケットを打ち上げてドッキングに成功するという素晴らしい偉業をさせてもらった。面白いロボットも次々とニュースで紹介されている。
 日本はそろそろ、そういった世界をリードする偉大な仕事をする番ではないですか?

 ただスポーツの祭典を催すなんぞは、ものが小さい。そんなものは新興国がやる番だ。日本はもっと上のことをやらないと。
 スポーツ祭典の思い出なんぞは、ムリにも日本の子供たちに残してやらなければならないことはない。

 この読売の記事を書いた人のように、いまだにスポーツの祭典なんかに至上の価値をおく人たちも、A君と同じ、これからの日本では、もう思い叶わぬことだらけになって、時代の流れからズレてしまいそうだ。

 日本でオリンピックをやるのはもう諦めろというのではない。ちかごろ目覚ましく新興してきたブラジルが、南米で初めてオリンピックをやりたいと熱心に誘致活動をやっているのに対してまで、まえに一度やったことのある東京が邪魔立てすることはない、と言っているだけ。
 石原都知事なんかは敗北の理由が解らないらしい。2020年にまた立候補すべきか、これから検討すると言っている。

 だが、またそのときに、たとえばインドが立候補して、「南アジアで初」というようなキャッチフレーズ掲げて熱心に誘致活動をしているような場合は、そちらへ譲った方がいいんじゃないですか、180億円という誘致費がまたムダになるおそれがある。
 環境にやさしいコンパクトなオリンピック、治安もいい、インフラもいい、ハイテク駆使、なんて言ったって、そんなもの、たいしてアピールする力ない。南米で初、南アジアで初、というようなもの珍しさ、新鮮さ、に叶わない。
 なに、プレゼンテーションは東京が一番だった?そんなもの、たいして意味ない。

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