9月3日小湊港、前回の超大漁の次は不快なオッサンが隣にアクセス

S0147026.JPG(ユリカは、もう一か月以上も背が伸びる治療を受けています。血を取られ体を傷めつけられて痩せてしまいました。最終的に何とか治ってくれればいいけど・・)S0157028.JPGS0167031.JPG
 
 昨日2019・09・03(火)房総・小湊港、いつもの、ウォポートから入った突き当り左の堤防、
 前回のウハウハが続くわけないと思っていたら、案の定、
 私の左にイヤな野郎がアクセスしてくるわ、
 「釣道」を究めるつもりで一生懸命釣りをやってきたのに、私の釣り(グラントの進化型)は結局、品のない引っかけ釣り、ということになりそうなんだ。

 上の釣果写真にあるように、メジナの型が小さく数も少ない。
         アイゴ27cm×1匹
          〃 22  ×1
         ボラ 41  ×1
         メジナ22  ×2
          〃 20  ×5
         シマアジ16 ×1
 午前9時ごろから正午までの釣り。
 ほんでもまあ、アイゴの27cmと22cmはウレシイし、ボラは前回よりは小さいとは言え、兎にも角にもガマを喜ばせてやれる。最低限のお土産はくれた。

 でも、わが釣り人生、最後の姿がこれでは寂しい。

            ( つづく )

 この日、特にガッカリしたのはスレであがってくる割合が、いつになく多かったこと。
 「そろそろ私の釣技も完成の域に達したか」と思ったらあべこべ。スレは格別プライドを害される。
 「私には、やっぱり哲学しかないのか。釣りはただ哲学を導いた手段に過ぎなかったのか」
 グラントの仕掛けは、どうしても一定の割合でスレが混じる。
 「ダメだ、私の釣りはプライドを持てない」
 鼻っ柱をヘシ折られて深く失望した。

 が帰宅して、あの日の出来事を思い出しているうちに、
 「そうガッカリすることもない。ただ一つ知恵が足りなかっただけ」なのに気づいた。

 朝の9時前に堤防に到着すると、前回は先客が誰もいなかったのに、この日は大勢いた。堤防の真ん中よりも先の方が混んでいる。「ショゴ狙いだな」
 一人の釣り人に訊ねてみると「朝のマズメどきにショゴが入れ食い、相棒と二人で20匹ほど」
 「へえ、すごかったんだね」

 私が行った9時前には戦い終わったあと、誰も釣れていなかった。この日は中潮で午前の満潮が7時ごろ。メジナなんかの食いの立つ時間帯も終わっていた。あんなに大勢がマキエをジャンジャン撒いたからメジナも、さぞ腹いっぱい、いまは人間様をオチョクッテ遊ぶ時間帯だ。

 こんなときに私はサオを出したんだから、ほらアカンわな。
 こういうときは、メジナはダンゴをガブッと食ってくれない。オキアミの付けエサさえもガブッとは食わず軽く咥えてチョット引っ張っては放す。すなわち、上にいる人間様をオチョクッテ遊ぶ。人間様は空振りばかり。

 要するにこの日は私、前回のウハウハ大漁の反動でクソ天に悪さをされる日だった。

 クソ天に巧妙に仕組まれて、メジナもボラもアイゴも食欲のない時間帯にサオを出すハメになった。
 道理で、
 スレ多く貧果に終わった。

 こういう事情だから、私が80年も一生懸命やってきた釣りが全く空しかったまでの失望は無用。
 ただ、釣り初めに「今日は思うように釣れそうもないぞ」と予測できたら理想だったんだけど、その知恵が足りなかっただけの話。次回からは、それができる。一つ利口になった。

 それで、いいではないか、そうガッカリすることない。

 むしろ、上記のお土産を頂いたことに感謝しなくちゃ。

 メジナを焼いて食べると、旨味がのってきたというか、火が通った切り口が雪のように白くなってチョー美味い。
 こんなに美味しいものを食べて、まだ文句を言ったりしたらクソ天が怒るぞ。

(なお、メジナの食いの立つ時刻に合わせて、もっと早くウチを出たらどうなんだ?については、私はもう84歳で緑内障に白内障、眼の保護のために暗いうちにウチを出ることが出来ないのです。小湊まで片道3時間はかかる。それでも、この日、なるべく潮が満ちている間に釣り始めようと思っていたのに、目が覚めたら4時半になっていた。ネットで風の具合を確認する時間も必要だったし、小湊の駐車場から重いカートを引いて、やっとこさ堤防に着いたら「クルマのライトを消し忘れていますよ」と指摘されて、それに時間をとられたり・・なんやかやで、釣り初めが、いつもと変わらない9時ちかくになってしまった。
 私が怠けていて遅くなったのではない。クソ天が、私にライトを消し忘れさせるまでの悪さをして釣れる時間帯に釣らせないなど、巧妙にジャマして私に釣らせないのです。

 釣りは、神の悪さにかかったら、人間どうにもならない。
 人間が、どんなに釣技を究めようとも、どんな名人になろうとも、釣れないときがある。
 神は、道理に基づいて、われわれ一人一人の快・苦を按配しているのだ。

 将来、サクハに釣りを教えるようになったとき、この言葉で私の教えを締めくくる。
 サクハがこれに納得したとき、サクハは同時に私の哲学をも理解し得たのである)


 最後に、「不快なオッサンが私の隣にアクセスしてきた」というのはね、
 私が釣り始めたすぐあとに一人のオジサンが私の左に割り込んできた。
 紀州ダンゴだ、いやな予感。
 私の「オモリのないグラント釣り」を見て、
 「ダンゴをやってるの?ダンゴは底へ沈めないと意味ない」

 トシをとったオジサンは、みんな、こういうふうに自分勝手な尺度を振り回して偉そうに講釈する。
 でもまあ、彼らも哀れ、こんなのが、まもなく、あの世へ葬られる人の特徴なんだよね。私が、まえにグラントのオヤジさんとかA君について語ったことを思い出してください。彼らは、とっくに、この世にいない。

 さらに彼は、「わたしは、今年5月に、ここでクロダイを三つ釣った。40cm。私は横浜の人間だから、いちどここへ来ると四日は滞在する、別荘をもっている」

 私が正午までに上記のお土産をいただいた間に彼はヘダイ一匹。

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