哲学整理№104「悪性のガンであることまでも女房に告知、痛恨!!いくら詫びても所詮・・」 再掲
2004年07月17日
悪性のガンであることまでも女房に告知、痛恨!
1990年8月、私の女房は東京駒込病院に入院、悪性のガンが、すでに腸まで転移していた。
余命、あと半年ぐらいという。そんなに短いとは私、ちょっと信じられなかった、信じなかった。実際、結果的に3年もたせてもらった。
兎に角、闘病生活、入院生活が始まった。
外泊したあと病院へ帰るとき、彼女は、
「なるべくウチにいたいよう」
「ボクちゃんと一緒にいるのが一番いい」 という。
痛恨!私の愚かさが、私を責める。
思い出すたびに今も私は地獄の業火に焼かれる。
私の手に負えない病気で死んでしまったというだけなら、諦めもつく。
私の愚かさによって、いらんこと、いや、言ってはならないことを言ってしまった。
女房、「悪性じゃないんでしょう?」
私、「いや、悪性」
これが私を責め続ける、
生きてる限り・・・
生きる者も地獄
いくら許しを請うても・・・所詮・・・
2004年07月18日
女房、子宮ガンに腸ガンで前からも後ろからも出血
女房の子宮ガンが最初、町の医院で誤診され、子宮筋腫がソフトボール大ということのまま2ヶ月も経ち、その間に悪性のガンが腸にまで広がった。
出血が前からも後ろからもある。どんなにかショックだったことだろう。
しかも女・・か弱き女でもこんなにも大きなショック、恐怖、つらい思いに耐えなければならないんだ、人生は。
突然、襲ってきた。
しかもこれですまなかった。3年後には肝臓ガンが悪化、腹に水が溜り、腹だけが大きく膨れ上がって動けず、垂れ流し、涙を流して死んでいった。
人生は、こういうものだったんだね。知らなかった。
厳しい、厳し過ぎる。
私がこの頃のことを思い出して痛恨耐え難いのは、一つは昨日書いたように、私の愚かさの故に女房の苦痛を何倍にも増幅してしまったことがあるが、もう一つ、
女房の死とともに私の哲学も敗北してしまったことによる。
女房は快楽過剰で腐敗しているわけでもないし、治る、と思っていた。また私は、いろいろと、ガンを治す方法に関する本を読んで、西洋医学ではない方法なんかをも、女房に試みさせていた。
この頃の私の日記には、必死で彼女の病気の先行きを考えたことが書かれている。
全部まちがっていた、甘かった。
身内の身びいきで、私は女房に対する見方が甘かったということがあるし、それから、女房が、私にはよくない態度を見せなかったということもある。
まあ私の哲学が死んでしまったわけではない。人生の予想外の厳しさを知り、身内に対しては見方を誤りやすいことを知り、至らなかった点を修正すればいいんだ。私の哲学の根本が間違っていたわけではない。
何にしても人生は、とても、とても、とても厳しい。現今のおおかたの人たちの考えのような、人生に対する甘い考えは真実を捉えていない。
人間を生きて、諸々の願いをかなえ、諸々の快楽を享受する代償はあまりにも高い。
アウシュビッツは誰にでも起きる、ごく普通の人生の代償である。
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