人生、わるいときは徹底してわるい、泣きが入る、地獄、神がいないみたい。

 だいたい私自身、未だに人生の理解が甘いんだ。

 アウシュビッツのアンネたちを思っただけで、
 あるいは、日常マスコミに現れる、わが子を殺されるなどの不幸な事件を思っただけで、
 あるいは、今は結構な状態にある人が、かつて自殺未遂までいったということを聞いただけで、

 人生が如何に厳しいかが解ろうものなのに・・
 私自身、まだちょっと甘かったな。

 そうだ、囲碁をやっていても解る。
 つかないときは徹底してつかない。泣きが入る、地獄の苦しみ。
 囲碁をやっていると、つく時と、つかない時の波はとても大きいことが解る。

 神が我々にしてくれる創造パターンは、よいことをしてくれる時と、いやなことをしてくれる時との波はとても大きい。
 
 人間の側からみれば、運・不運ということなんですが、その波はとても大きく、
 (運・不運というのは人間の力を超えていますね、このことを言っているのですが、)

 わるいときは、徹底してわるい。
 身も心も破壊される。
 神に、「お前の人生はこれでおしまい」と定められたときは、現実に破壊されてしまう。

 フィット・アップ期(人生の試練の時期、能力を伸ばすための苦しみの時期)なら、どん底から反転するのですが、

 そのどん底というのが、余りにも厳しい。おおかた、身も心も破壊されてしまわないと反転しない。

 その代わりに、よい時はかなり永いことよい事が続く時期がある。
 今の世のおおかたの人たちのようにですね。

 この時に、人生はこんなもん、これが普通、と思わないことが大事だ。

 ところがこれが容易でなくて、みんな人生はこんなもんと思ってしまって、生きることは幸せなもの、などと考える。
 今の世のおおかたの皆さんのようにですね。

 いずれ彼らは泣きをみるだろう、地獄を。
 その時に初めて、人生の、とてもとても厳しいことを知るだろう。
 あまりの厳しさを。

 一人の例外もなく、そうなるということよ。

 (後記・・上の文を書いてからおよそ5年後の2011・03・11、みごと的中、東日本大震災が起きた。超巨大地震、大津波、福島原発爆発で東北太平洋岸の人たちは地獄をみた。他の人だって、いずれ皆、似たような不幸、苦しみ、は免れないのです。)

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 「歴史街道ウォーキング」を一通り読み終えたが、もういっぺん読んで、そのスバラシイ文章の表現法を学んでみよう。ケチをつけるだけではいけませんね。何にも自分のトクにならない。他人のスバラシイのを認めて学ぶようにしないと。
 


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