そうだ、「米欧回覧実記」・・あれなら面白く読めるかも
藤村の「夜明け前」がつまらなくて閉口している。それでも投げないでギリギリ辛抱しながら読んでいる。藤村は文章の才に乏しく、情景が目に浮かんでこない。面白くもない事実をやたら長々くだくだと書く。もっと短縮して書いてくれれば、そう悪いとも言わないが。
地名も横浜なんかの昔の地名が沢山出てきて地図もない。読んでもピンとこない。藤村は読む人の立場を考えない自分勝手な男だ。
で、井伊直弼がどうの安政の大獄がどうのと、細かい事実が沢山でてくるので幕末維新のことをあれこれ考えているうちに、
ふと、だいぶまえに、NHKのテレビで「米欧回覧実記」の講義を聞いたのを思いだした。
明治4年から2年近くもかけて米欧を視察してきた岩倉使節団に加わった久米邦武という人がその記録を残したもの。
ホント、こればっかりは、よくぞ、こんなに美しい文章が書けたものだ。流麗にして、かつ真実をとらえた文章に驚き感動したものでした。
幕末維新の昔でも、こんなに美意識のすぐれた文章家がいた。藤村のようなヘタな人ばかりではなかった。
しかも、鎖国時代に生きてきた筈の明治の人の観察眼の鋭いこと、当時の米欧の様子をこと細かくとらえ、その評価も的確だ。
「いつか機会があったらこの本をじかに読んでみたい」・・そう思った。
明治維新政府の中枢にある人が、このように米欧の進んだ有様を実際に見てきて日本の遅れを痛感し、「これはいかん。早く彼らにキャッチアップしなくちゃ」と、西洋から学び富国策を打ち出しているのだもの、
いくらこれが木曽に住む半蔵の目に、単なる西洋かぶれに見えようが、そんなものは田舎者の時代錯誤にすぎなかろう。行幸の御車の中に、世の流れに警告を発する和歌を書いた扇子を投げ込んだところで、そんなものはただアタマのおかしい人間の茶番劇にすぎなかろう。
半蔵の信奉した日本の古代の神の思想は、人間が死んだら行く黄泉の国は大国主命が主宰しているなどというものだよ。
藤村の「夜明け前」は根本がコメディだ。
ま、なるべくガンバって「夜明け前」を読み終えるようにして、そのあとに東京へいって「米欧回覧実記」を買ってこよう。
私は社会科学のような理屈には向いていないんだけど、この久米邦武の文章だけはその美しさのゆえに退屈しのぎにならないものか、と期待している。
地名も横浜なんかの昔の地名が沢山出てきて地図もない。読んでもピンとこない。藤村は読む人の立場を考えない自分勝手な男だ。
で、井伊直弼がどうの安政の大獄がどうのと、細かい事実が沢山でてくるので幕末維新のことをあれこれ考えているうちに、
ふと、だいぶまえに、NHKのテレビで「米欧回覧実記」の講義を聞いたのを思いだした。
明治4年から2年近くもかけて米欧を視察してきた岩倉使節団に加わった久米邦武という人がその記録を残したもの。
ホント、こればっかりは、よくぞ、こんなに美しい文章が書けたものだ。流麗にして、かつ真実をとらえた文章に驚き感動したものでした。
幕末維新の昔でも、こんなに美意識のすぐれた文章家がいた。藤村のようなヘタな人ばかりではなかった。
しかも、鎖国時代に生きてきた筈の明治の人の観察眼の鋭いこと、当時の米欧の様子をこと細かくとらえ、その評価も的確だ。
「いつか機会があったらこの本をじかに読んでみたい」・・そう思った。
明治維新政府の中枢にある人が、このように米欧の進んだ有様を実際に見てきて日本の遅れを痛感し、「これはいかん。早く彼らにキャッチアップしなくちゃ」と、西洋から学び富国策を打ち出しているのだもの、
いくらこれが木曽に住む半蔵の目に、単なる西洋かぶれに見えようが、そんなものは田舎者の時代錯誤にすぎなかろう。行幸の御車の中に、世の流れに警告を発する和歌を書いた扇子を投げ込んだところで、そんなものはただアタマのおかしい人間の茶番劇にすぎなかろう。
半蔵の信奉した日本の古代の神の思想は、人間が死んだら行く黄泉の国は大国主命が主宰しているなどというものだよ。
藤村の「夜明け前」は根本がコメディだ。
ま、なるべくガンバって「夜明け前」を読み終えるようにして、そのあとに東京へいって「米欧回覧実記」を買ってこよう。
私は社会科学のような理屈には向いていないんだけど、この久米邦武の文章だけはその美しさのゆえに退屈しのぎにならないものか、と期待している。
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