大阪府立弥生文化博物館廃止騒動
私、こんな茨城の田舎くんだりに住んでいても、いま遙か大阪でくりひろげられている財政再建騒動劇に気をもんでいます。俗物のイヤな野郎が知事になったと思ったら、弥生文化博物館を廃止すると言いだした。
何ものにも替えがたい日本人の宝ものだと思うんだが。「弥生文化」と名を冠し、ヒミコの弥生時代に格別の思いを抱く人たちが創った博物館。池上曽根遺跡という泣く子もだまるぐらい重要な弥生のムラがあったところ。
私は去年だったかな、訪れたことがある。この日記にも書いた。ビデオで弥生時代の布の作り方を見ましたが、私の頭ではなかなか理解できず、「クソーッ、弥生人はバカだと思っていたが、こっちの方がバカだ」と書きましたね。
私が行ったときも館内は閑散としていて、私の他は女性が一人来ていただけでした。赤字なんだ。だから廃止しようとしているんだね。
でも学校からは子供たちが沢山来ているんじゃないかな。こういう遺跡、博物館は、子供たちに古代への夢を馳せさせ、子供たちの心を豊かにして、ひいては自分がその大昔からの歴史の流れの中で生きている日本人であることを自覚させる重要な意味をもっていると思うんだが。
アメリカ大量消費文明が滅んだあと、日本を世界のリーダーにまでのしあげるには、文明の根底にこういう高度なもの、文化、をもっていないと、それが叶わないと思うのだが。
大阪人もみんなが皆、俗物なのではない。さっそく反対運動が激しく盛りあがっているという。
だけど民主主義の弊害。数では「そんなもの要らない」という人に全然かなわない。
だけど、維持するカネがないと言われれば、どうしようもない。大阪府は5兆円もの借金があるのだそうで、これを何とかしなければならない。
私、遠くにいて気をもんでいても、彼らが何を切り捨て、何を温存しようとしているのか、その細かいことが解らないので口をさしはさむことが出来ない。また同博物館を存続させるなら、それじゃどうやって財政を再建すればよいかが私には解らないし。こんなに遠くに住んでいる茨城人にはどうにもならない問題だ。
でもまあ、一切は神の支配のもとにある。神は絶対になくしてはならないものを、なくしたりしない。
結局どうなるか、見ていましょう。神は結局どうするか。
彼らだって、そこからわりと近くにある「近つ飛鳥博物館」と統合すると言っているだけだ。その「統合」って、実際どうするんだろうね。
近つ飛鳥博物館も私は行ったことがある。アカデミックな雰囲気漂う丘を桜の花が覆う清々しいところで、有名な桜の観光地へ行って醜い場所取り競争をするよりも、ここへ桜を見にいけば静かに満ち足りた気分に浸れる、と書きましたね。
ひろく博物館は、アカデミックな静かな憩いの場、一種の公園としての意味がある。
高度な文化国家には欠かせない大事なものだと思うんだが。
そう、上の写真はこれとは別なんだ。昨日は千葉市にある「加曾利貝塚」へ行ってきた。
ここは日本一大きな貝塚でね、広いよ、広い広い公園としてとってくれてありました。市民がベンチに座って憩うていました。
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