青衣の女人

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 今日は、奈良・東大寺に伝わる、さすが東大寺の坊さん、人間的ぬくもりのある、何とも言えず、いい話を紹介しよう。

 東大寺では毎年3月、春の訪れを告げる「お水取り」という行事が行われるのですが、
 この行事の中で、3月5日と12日の夜には、同寺に伝わる「過去帳」が読み上げられます。この「過去帳」は、すでに亡くなった東大寺に関係のあった代々の坊さんや、功績のあった人たちの名前が書き記されたもので、故人の冥福を祈祷するものです。

 鎌倉時代のある時のこと、集慶というお坊さんが例年通り、お水取りの行事で「過去帳」を読み上げていると、青いころもを着けた美しい女の人がすーっと闇の中から現れました。そして、いかにも恨めしそうな細い声で、
 「どうして、私の名前を呼んで下さらないのですか」
 と言いました。

 行事の最中の女人禁制の場所に、このような女の人が現れるわけがありません。集慶さんは余りのことに幻かと自分の眼を疑いました。この女の方には会ったことがないし、もちろん名前も知りませんでした。
 ただ灯明の炎だけの暗いお堂の中で、青い衣をつけた女の人は、まるで幻のように揺れる姿を見せて恨めしそうな表情をしています。

 そこで集慶さんは、とっさに低い声で、

 「青衣(しょうえ)の女人(にょにん)」

 と読み上げました。
 すると、どうでしょう。美しい女人は、いかにも満足したように、にっこりと微笑むと、また真っ暗な闇の中に姿を消して行かれました。

 このことは、お水取りの連日の厳しい修業による疲れからきた錯覚だったのか、それとも本当に東大寺に何かの縁があった女の人であったのか、本当のことは解りません。
 
 しかし東大寺の「過去帳」には、この名も解らない「青衣の女人」の名が加えられ、
 今もなお読み継がれています。

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